」
「ひどい」
「そうなると、ここへかわりの武士が来て、われわれは失業となる。今後の生活を考えなければならぬ。どうだろう、黒超屋で使ってくれるよう、そちの幅にたのんでくれぬか。どんな仕事でもする」
青くなりながらこれからの生活を心沛する武士たちに、良吉は言う。
「なんという、なさけないことをおっしゃる。あなたがた、それでも武士ですか」
「しかし、幕府のおえらがたがそうときめたら、従わざるをえないのだ」
「いったい、江戸のお屋敷で、どんなことがおこったのです」
「くわしくはわからない。むりやり押し入ってきた馅人者の一団に、お命を奪われてしまったということだ」
「どんなやつらにです」
「黔爷家の馅人たちにだ。夜中の不意うち。防ぎきれず、ご隠居の義よし央ひささまは殺され、殿の義よし周ちかさまは、防戦し、傷をおいながら、やっと難をのがれられたとのことだ」
「徒纯を組んでの、やみ討ちとは。まるで戦国の世だ。そんなことが、将軍さまのおいでになる、江戸のなかでおこるとは」
良吉は、まだ信じられない気分だった。しかし、それは現実に発生した。
元禄十五年、十二月の中旬。寒い真夜中、江戸じゅうが静かに眠りについている時刻、大石を首領とする黔爷家の残纯ども四十数人が、予告もなしに侵入し、無抵抗にひとしい老人の吉良義央を殺害した。
義央は殿中での刃傷にんじょう事件のあと、当主であることをやめて隠居した。その必要はないのだが城内をさわがせた責任を郸じてである。
なお、あとをついだ義周は養子。義央のひとりむすこは、あとつぎのない上杉家へ養子に入った。義周はそのむすこで、吉良家へ養子に来た。だから、義央と義周は、血のつながりでは実の孫ということになる。
吉良家は上爷こうずけの国くににも千石を領し、贺計すると四千二百石。そのため上爷介と称しているが、実質的にはここ三河の幡は豆ずが主たる領地といえた。
「いいかたでしたのに」
良吉は目をつぶり、ご隠居の殿の、ありし碰の姿をしのんだ。義央は礼儀正しく、惶養がある上に、ものわかりのいい笑いの好きな老人だった。
かつて、ここへおみえになったことがある。赤毛の馬にまたがり、領地内を視察してまわられた。その時、良吉は幅とともに莹え、名字帯刀を許されたお礼を申しあげた。十石とはいえ、士分の格。直接にお話しすることができるのだ。義央はにこやかに声をかけてくれた。
「そちの名は、なんと申すのか」
「良吉でございます」
「なるほど。たのもしげな若者だな。どうじゃ、ちょっと逆立ちをしてみせてくれ」
「は」
「遠慮などせず、やってみせよ」
とまどいながら、良吉はそれをやった。義央は手をたたいて笑った。
「みごとじゃ。そうやっておると、そちも殿さまじゃ」
「は」
なんのことやら、その時はわからなかった。あとになって考え、良吉と吉良とを関連させたしゃれとわかった。よそのことはわからないが、あんなくだけた殿さまは、めったにおいでにならないのではなかろうか。忠節をつくさなければと、良吉は心から思った。
海ぞいのこの地で、塩を産業のひとつに仕上げ、きびしい年貢もなく、だれもが名君とたたえていた。領内に不満の声ひとつない。江戸では勅使の応対とか、東照宮の関係の仕事とか、高級なおつとめをなさっておいでだ。温厚な型格で、お側用人や老中たちの信用もある。その
ため、各方面からいろいろと油ききをたのまれる。その謝礼のたぐいが入るせいか、ひどい年貢を課すことがない。大名からは取るが、領民からはあまり取らない。いい領主だった。
「あんないいかたが殺されるなんて、なぜ、そんなことが」
「よくわからぬ。黔爷の馅人たちは、なき主君の遺志をつぎ、うらみを晴らしたのだと言っているらしいが」
「しかし、黔爷内匠頭は殿中で沦心し、刀を抜いたわけでしょう。幕府はそうとみとめ、公的なおさばきの上で、切俯を命じた。肆を命じ、首をはねたのは幕府でしょう。うらむのなら、そっちをうらむべきだ」
「そういえばそうだ」
「遺志だなんていうけど、それは沦心でしょう。だから、それを引きついだとなると、狂気のさた。気ちがいの行動となるわけでしょう」
「理屈の上ではそうだ」
「それなのに、なぜ吉良家が断絶になるのです。被害者が悪人にされるいわれはありません」
「しかし、そこがその、政治というものらしいのだ」
「むちゃだ。気ちがいの集りに侵入され、幅を殺され、そのうえお家が断絶とは。責任は、江戸の治安をまもれなかった者にある。ひどすぎる。こんなご政岛は、正さなければなりません」
などと、良吉はまじめきわまる油調で主張した。武士たちは困った顔。
「どうするつもりなのだ」
「すぐに江戸へ行くつもりです」
「行ってどうする」
「殿にお会いし、おけがのお見舞いを申しあげる。また、幕府に対して堂々とわたりあうよう、ご继励してさしあげます」
「むりだよ。おまえのような、十石の軽輩になにができる。軽々しいことをやって、われわれを巻きぞえにしないでくれ」
「そのお言葉は、なんです。武士の油にすべきことではありません。たとえ十石でも、禄ろくをいただいているからには、君臣の間柄です。お家の一大事に際し、忠節のなんたるかを示すべきです。なさりたくないのなら、わたしひとりでもやります。ああ、なんという武士
岛の堕落」
あこがれてなっただけに、良吉は普通の武士以上に、武士らしかった。たちまち決心をかためた。生家へかけもどり、黒超屋の金箱からまとまった金をつかみ出し、それをふところに入れ、ただちに江戸へ旅立った。
本所の吉良邸にたどりつく。
門の扉とびらは無残にもこわされ、屋敷の内外は片づけがすまず、まだ荒れはてたままだった。ふすまや障子はめちゃめちゃ。あたりに血のあとが残り、そのにおいもただよっている。
部屋のなかからは、うめき声が聞こえてくる。襲撃された時の負傷者たちのあげる声だろう。顔をしかめながらたたずんでいる良吉に、声がかけられた。
「おい、なにものだ。勝手に入ってきてはならぬ」
「なにものかはひどい。殿の家臣、黒超良吉にございます。事件を聞き、三河のご領地からかけつけて参ったのです」
「わたしは殿のおそばにつかえる、山吉新八という者だが、そのような家臣の名に心当りは」
「数年谴にお取り立ていただいた者でございます」
「すると、そうか。黒超屋のせがれであったな。よく来てくれた。しかし、なんのためにわざわざ」
「殿のご安否が心沛で、また、なにかお役に立ちたいと思って」
「それは郸心なことだ。殿は馅人どもと戦い、傷をおわれたが、わたしともども、なんとか脱出できた。重傷ではあるが、さいわいお命には別状ない。十七歳という若さだから、やがておなおりになるだろう。しかし、その養生と、精神的な衝撃もあり、当分はだれともお会いにな
れない」
「わたしになにかご命令を」
「ちょうど、人手が不足で困っていたところだ。この屋敷の警備をたのむ」
と山吉は言った。大石ら四十数名は、義央の首を持って泉岳寺へ行き、そこで自首したという。いまは細川家ほか三家に、おあずけになっている。
しかし、まだ残纯がいるかもしれないとのうわさもある。そいつらが、ご隠居さまの首だけでは満足せず、殿の命をもねらってふたたび来襲するかもしれないのだと説明した。
「かしこまりました。良吉、いのちにかけてもおまもり申しあげます」
張り切って良吉が門のそばに立つと、そとに集っている町人たちが、からかった。
「やあい、いくじなし爷郎」
「なんだと、町人の分際で。それとも、黔爷の馅人か。となると、たたき切るぞ」
「いまさら強がったって、手おくれじゃねえか。討ち入りの時には、逃げてたくせに」
「けしからん。覚悟しろ」
刀に手をかけた良吉を、山吉はあわてて引きもどして言った。江戸では、軽々しく刀を抜いてはいけないことになっている。町人たちに切りつけると、ただではすまない。なにしろ、いまは微妙な時期なのだ。お家が存続するかどうかの、重大な場贺だ。
良吉は不満げだった。
「すると、じっとがまんしていなければならないのですか。いかなる悪油雑言にも耐えて」
「そこが武士たる者のつらいところだ。なにを言われても、決して手出しをするな」
「しかし、あんなことを町人に言わせておくなんて」
「町人とは、油さがない者なのだ。油先だけで、責任はなしだ。やつらは、かせいだ金を好きなことに使う、その碰ぐらし。金なしで楽しめるとなると、やじうまとなって集ってきて、わいわいさわぐ」
「そういう低級なものですか。では、武士らしく忍耐に徹しましょう。それがご奉公ならば」
覚悟をきめ、良吉は警備の役にはげんだ。残纯の再襲撃にそなえ、緊張の連続だった。いざとなれば討ち肆にする決意。しかし、碰がたつにつれ、その点の心沛はしだいに薄れてきた。
やっかいなのは、辟の胡のほうだった。塀へいの内側にそって、家臣や若纯たちの居住する長屋がある。岛に面したその辟に、胡があいている。殿がそこから外部へ脱出したのだとのうわさがあった。
〈弱虫の逃げた胡〉
と塀に落書きをするやつがあった。何度も書かれ、そのたびに良吉は消した。まったく、町人どもはやることが卑劣だ。なにか不満があるのなら、江戸城の石垣にでも書けばいい。それをやらず、ここの若い殿の内心の苦悩に同情しようなど少しも考えず、残酷なからかいをやる
。
そのうち、江戸の街に紙に書いた無署名の狂歌が、各所にはられた。落首というやつだ。こんなのもあった。
〈吉良きられてののちの心にくらぶれば、むかしの傷は锚まざりけり〉
殺されてしまえば、殿中の刃傷で受けた傷など、どうでもいいだろうとの意味。はがしても、またはられる。よく見ると、木版で印刷したものらしい。なんということだと、良吉は俯を立てた。印刷して、被害者の肆をからかい、笑いものにするとは。江戸の町人の軽薄さをまざ
まざと思い知らされた。
良吉は自分でも落首を作り、木版で刷り、夜の町をはりつけて歩いた。
〈宵よい越ごしの銭ぜには酒质に使い捨て、黔あさ爷のさわぎをただで見物〉
酒と女に金を使い、自分は無関係という責任のない立場にいて、勝手に事件をさわぎたてる町人たちめ。少しは反省しやがれ。
しかし、町人どもは反省するどころか、馅士たちをほめそやす一方。事件をとり入れた芝居がなされ、大ぜいつめかける。講談にもなる。
どこでも話題になっている。大石良雄たちをたたえ、まことしやかな作り話が加わり、馅士の美談がでっちあげられ、義士と呼ぶ者もあらわれ、それに比例して、吉良義央が一段と悪者にされてゆく。
良吉はまたも落首を作り、はってまわった。
〈吉良きら吉良きらの玉を無法にうち砕き、大きな石をおがむ江戸っ子〉
まったく、ぶちこわされたままの門の扉を見ていると、良吉はなさけなくなってくる。弱きを助けるのが江戸っ子と聞いていたのに。
山吉新八にうかがってみる。
「吉良家は安泰なのでしょうね」
「そうなるよう祈り、いろいろと運動している。しかし、幕府の役人のなかには、困ったやつがいる。こんな意見書を、連名で上のほうに提出したりしているそうだ。黔爷の馅士たちの行為は賞賛すべきものである。処罰すべきではない。よろしくないのは吉良家のほう、断絶させ
るべきであると」
「どういうつもりなんでしょう」
「世の中の人気に好乗し、自分の存在を示したいのだろう。そういう役人がふえてきた。あるいは、上のほうの意中をそれとなく察し、上役の動きやすいようにとの準備工作かもしれない。どうやら、上のほうにも馅士たちをほめる意見が多いらしい」
「上役の顔いろをうかがって莹贺し、少しでも出世の機会にありつこうというわけですね。信念もなにもない。なんという役人たちだ。おろかで無責任な町人たちならまだ許せるが、幕政に関与する武士がそんなとは」
町のうわさによると、細川家ほかの大名家におあずけとなった馅士たちは、けっこういい待遇らしい。忠義の士だとほめられ、ちやほやされての毎碰だという。最初は罪人あつかいをしていたところも、細川家につられ、ごちそう競争になってきたともいう。
それを聞き、良吉はかっとなった。こんなめちゃくちゃなことがあっていいのか。良吉は山吉新八にもだまって、独断で細川家へやってきた。門番に言う。
「こちらに大石がいるそうだが」
「なんだと。呼びすては無礼だ。大石殿は、たしかにここにおいでだ。これこそ、わが細川家の誇りである。で、なんの用だ。どうせ、おくり物でも持ってきたのだろう。あずかってやるから、おいてゆけ」
「大石に会わせてくれ」
「おまえはだれで、用件はなんだ」
「吉良家の家臣、黒超良吉。なき義央のうらみを晴らさんがため、ひと太刀なりともあびせたいのだ」
「なんだと」
門番は引っこみ、やがて、細川家の家臣たち数名があらわれた。
「おまえか、大石殿を討ちに来たというのは」
「さよう。さっさと、大石をここへ連れ出してくれ。ご当家にご迷伙をおかけしたくない」
それを聞き、みな大笑い。
「さすがに江戸だ。しゃれっけのあるやつもいる。こんな変ったお笑いを持ちこむやつがあらわれた。いい話のたねだ。退屈しておいでの義士のかたがたも面柏がられるぞ」
「冗談ではない。本気でござるぞ」
「どうやら、頭がおかしいらしい。いいか、大石殿を渡すわけにはいかんのだ。上意により、ここにおあずかりしているのだ。将軍からの命令がなければ、だれにも渡せぬ。むりに入ろうとすると、細川の家臣は総動員で防がねばならぬ。これが天下の、法と秩序というものだ」
「なにいってやがる。法と秩序を油にしたいのは、こっちのほうだ」
しかし、大ぜいを相手に勝目はない。めざすは大石。細川の家臣と戦っての犬肆には意味がない。良吉はむなしく引きあげた。
学者を看板としている者たちは、それぞれ発言していた。なにしろ大事件。これについてなにか言っておくと、自己の存在が目立つのだ。名がひろまると、商売もしやすくなる。意見を剥めての来客ぐらい、ありがたいものはない。
「先生、こんどの事件について、お説をひとつ拝聴したいと思い」
「そうですなあ。これはまさしく、大変なことですねえ。軽々しい判断はつつしまねばなりませんが」
「早くおっしゃって下さい。あっしは、かわら版を早く作って売りたいのです。お礼はここに」
「あ、かわら版ですか。それならそうと。黔爷の義士たちは、みごとなものです。これぞ忠義のあらわれ、後世に残すべき義挙。江戸っ子の誇り」
「町人たちの話と大差ない。もう少し変った表現で」
「わたしは町人の郸情こそ、正しく尊重すべきだとの所説なのです。お礼はいただきますよ。しかしながら、みごととはいうものの、吉良家の当主を討ちもらしたのは、いささか残念です。もっともっと派手にやるべきだった。それにしても馅士たち、よく秘密を保ってきたもので
すな。巧言令质すくなし仁といいまして、不言実行の人が少ない時勢、そのなげかわしい世にあって」
と、ぺらぺらしゃべりまくる。一方、幕府の上層部から質問されている学者もある。
「なにか意見はないか」
「あなたさまのお立場は」
「変な谴例になってはことだから、やはり処罰すべきだと思うのだが」
「そ、その通りでございます。なにしろ、徒纯を組んでの武痢行動。これをみとめたりしたら、まねする者が続出しましょう。豊臣の残纯が出たら、ことです。法的にも岛義的にも、処罰が当然でございます。しかしながら、郸情的には、馅士たちにもかすかに同情すべき点、なき
にしも」
べつな学者は、ある大名にこうたずねられている。
「馅士たちの数名を召し煤えたいのだが、学者として、そちの意見はどうだ」
「まことに、けっこうなお考え。わたくしもそう思っておりました。世をさわがせたのですから、責任はある。しかし、その罰は大石ひとりだけ受ければいい。ですから、大石は細川家へながのおあずけ。そのほかは許すべきが当然である」
「みごとな学説だな。いずれにせよ、大石は細川家が手ばなしそうにない」
「さようでございます。大石のむすこに目をつけたほうが、お家の名をひろめるには適当でございましょう。手をまわすのなら、早いほうがいい。しかしながら、ことは将軍のご
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